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東京高等裁判所 昭和53年(行ケ)27号 判決 1979年5月30日

原告

ブラザー工業株式会社

被告

特許庁長官

上記当事者間の審決取消請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

特許庁が昭和52年11月28日同庁昭和50年審判第2477号事件についてした審決を取消す。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その1ずつを各自の負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は、「特許庁が昭和52年11月28日同庁昭和48年審判第8503号事件及び同庁昭和50年審判第2477号事件についてした各審決を取消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は、「原告の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求めた。

第2請求の原因

原告訴訟代理人は、請求の原因として次のとおり述べた。

1  特許庁における手続の経緯

2  昭和53年(行ケ)第27号事件(以下単に「第27号事件」という。)

原告は、昭和46年9月28日意匠に係る物品を「電子オルガン」として、別紙図面代用写真(1)のとおりの意匠(以下「本願第1意匠」という。)について、自己の昭和46年意匠登録願第28747号意匠を本意匠とする類似意匠登録出願をしたが、昭和48年9月29日拒絶査定を受けたので、審判を請求(昭和48年審判第8503号事件)したところ、特許庁は、昭和52年11月28日「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その騰本は昭和53年2月2日原告に送達された。

2  昭和53年(行ケ)第28号事件(以下単に「第28号事件」という。)

原告は、昭和46年8月6日意匠に係る部品を「電子オルガン」として、別紙図面代用写真(2)のとおりの意匠(以下「本願第2意匠」という。)について、自己の昭和46年意匠登録第28747号意匠を本意匠とする類似意匠登録出願をしたが、昭和50年1月31日拒絶査定を受けたので、審判を請求(昭和50年審判第2477号事件)したところ、特許庁は、昭和52年11月28日「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その騰本は昭和53年2月2日原告に送達された。

2  審決の理由の要点

1 第27号事件

本願第1意匠の要旨は、基本的な構成と形態においては、横長く両側からみてほぼ(かぎ)形の態様であり、形の横上方を鍵盤箱、形の縦を機器箱体(キヤビネツト)としており、鍵盤箱は、ほぼ2段の雛段形であり、機器箱体は、下端附近中央の右寄りに長方形のペダルを設けており、ペダルに並んで中央附近から左へと長短ほぼ交互に足鍵盤が数本前方に突出しており、鍵盤箱の後方両側と機器箱体の両側全面を、左右から側板で挾持し、鍵盤箱の前方両側を左右から親板で挾持しているものであり、各部分の具体的な形態においては、鍵盤箱は、上面を前後にほぼ二分して、前方が雛段形の鍵盤、後方が天板であり、鍵盤箱の下方前端である口板は、幅広くわずかに下方をへこませた二段状の帯状であり、天板の中央前端附近には、譜面立てを設け、譜面立ては、横幅が電子オルガン全体横幅のほぼ2分の1であり、高さが横幅のほぼ3分の1強から成り、上端をごくわずかに弓状凸孤とした1枚板であり、機器箱体の前面は、ペダル上端から上方部分をサランネツトとし、サランネツトの下方部分を裾板として、分割態様としており、ペダルは、切り込み窓の態様のなかに設けられており、側板は、前端の木口附近が機器箱体よりもごくわずかに突出しており、横幅は上端から下端附近まで同幅であり、下方附近に、前記裾板の分割態様の線が見えており、下端附近には角棒状の脚台を設け、脚台の前方は側板の横幅のほぼ2分の1弱突出させており、親板は、ほぼ側板の幅ほど前方に突出し、側板の上端(面)木口よりも親板の上端(面)木口(連結部)をほぼ天板の厚み分、1段低くし、連結部から前方へとごくわずかに下りの傾斜を付け、前端(面)木口は垂直とし、外側面は、側板の厚みのほぼ2分の1内側から設けられているものである。

これに対し、本出願前国内において公然知られた登録第334960号意匠(意匠に係る物品を「電子オルガン」として、昭和42年5月12日登録出願、昭和46年7月5日登録。以下「引用意匠」という。)は、基本的な構成と形態においては、横長い、ほぼ(かぎ)形の態様であり、形の横上方を鍵盤箱、形の縦を機器箱体(キヤビネツト)としており、鍵盤箱は、ほぼ2段の雛段形であり、機器箱体は、下端附近中央の右寄りに長方形のペダルを設けており、ペダルに並んで中央附近から左へと長短ほぼ交互に足鍵盤が数本前方に突出しており、鍵盤箱の後方両側と機器箱体の両側全面を、左右から側板で挾持し、鍵盤箱の前方両側を左右から親板で挾持しているものであり、各部分の具体的な形態においては、鍵盤箱は、上面を前後にほぼ2分して、前方が雛段形の鍵盤、後方が天板であり、鍵盤箱の前端である口板は、幅広い帯状であり、天板の中央前端附近には、譜面立てが設けられており、譜面立ては、横幅が電子オルガン全体横幅のほぼ2分の1であり、高さが横幅のほぼ3分の1から成る1枚板であり、機器箱体の前面は、ペダルの縦中央附近に横線が設けられており(裾板とサランネツトの構成)、ペダルは、切り込み窓の態様のなかに設けられており、側板は、外側板と内側の袖板とから成り、外側板は、前端木口が機器箱体よりもごくわずかに突出しており、上から下まで同幅であり、袖板は、鍵盤箱の下端から外側板の内側に添つて重なり、下端附近まで垂直で下端附近から前方へ凸孤状に外側板よりもわずかに前方に突出して脚台とし、前端の木口である左右両角部分は、上端から下端まで金属色に縁どられており、親板は、ほぼ外側板の幅ほど前方に突出し、外側板の上端(面)木口よりも親板の上端(面)木口(連結部)を天板の厚み分、1段低くし、連結部から前方へとごくわずかに下りの傾斜を付け、前端(面)木口は垂直として外側板の内側から前方に突出して設けられているものである。(別紙図面代用写真(3)参照)

両意匠を比較すると、基本的な構成と形態において、前記のとおりほぼ共通しており、これらの点は、観者の注意を顕著に引くものである。両者の各部分における具体的な形態としては、差異点として、口板のわずかな凹段や、機器箱体の上下部分の分割態様における横線、側板における袖板の有無などであるが、口板や分割態様などの点は、附加的な形態であり、袖板の有無を除いてその他の各部における具体的な形態においては、すべて共通しており、基本的な構成と形態においては、この種物品間での類否判断の主要部となつており、全体の印象を支配するものがあるので、袖板の有無という差異点があるとしても、基本的な構成と形態における共通点を破り、特徴あるものとして目立つほどではなく、以上の共通点と差異点を総合すると、主要部において共通する両者は、結局、差異点よりも共通点が勝る結果となつており、差異点は、いずれも前記のとおり類否を左右するまでには至つておらず、両者は全体として互しに類似する。

したがつて、本願第1意匠は、意匠法第3条第1項第3号の規定に該当し、登録することができない。

2 第28号事件

次に附加するほか、第27号事件における審決の理由と同じである。

請求人は、本願第2意匠が引用意匠に類似しても、意匠法第3条第1項第3号の規定には該当しない旨主張するが、意匠登録がされた時点において、意匠登録原簿は、意匠法第63条第2号の場合を除いて、何人も特許庁において閲覧できるものであるから、上記法条の規定を適用しても誤りではない。

3  審決の取消事由

審決は、次のとおり判断を誤つた違法があるから、取消されるべきものである。

1 第28号事件について

登録意匠については、その意匠を掲載した意匠公報の発行日に初めて公然と知られたものとなるから、本願第2意匠は、意匠法第3条第1項第3号に該当するものではない。すなわち、

特許庁は、意匠権の設定の登録があつたときは、意匠法第20条の規定にのつとり所定の事項を意匠公報に掲載して公告するものであり、この条文は、この公告により一般人は公報掲載の意匠内容を知つたものとの効果を生ぜしめる法意であると考えられる。したがつて、意匠公報がいまだ発行されていない時点においては、たとえ当該意匠について意匠権の設定の登録をされていたとしても、その意匠は公然知られたものとはいえない。

ところで、引用意匠が掲載された意匠公報は、昭和46年9月7日に発行されており、一方本願第2意匠は昭和46年8月6日の出願に係るものであるから、前述の理由により、本願第2意匠の出願時に引用意匠は公然知られたものではない。

なお、審決は、この点につき、「意匠登録原簿は、意匠法第63条第2号の場合を除いて、何人も特許庁において閲覧できるものであるから、意匠法第3条第1項第3号の規定を適用しても誤りではない。」旨述べているが、これは、審査官の秘密保持義務が解除されるというに過ぎず、引用意匠は現実に閲覧不可能の状態にあつたものである。したがつて、意匠公報が発行されて初めて当該意匠が公然知られたものとするのが至当であり、この点において、審決の判断は誤りである。

2 第27号事件及び第28号事件について

(1)  本願意匠(本願第1意匠及び本願第2意匠を総称する。以下同じ。)と引用意匠とは意匠の基本において次のように異なる。

引用意匠は、上面から床面まで達する1枚の矩形状の側板と、その側板の内側に取付けられ正面側に突出した親板と、その親板の正面側下端から床面まで達する袖板とにより側部を形成するとともに、その袖板の正面側稜線に光沢のある白色のアルミサツシを取付けることにより縦に流れる線を強調し、しかもサランネツトをエクスプレツシヨンペダル窓の2分の1の高さまで延ばしてその面積を大きくすることにより重厚さを出すとともに、そのサランネツトを、アルミサツシで縦線が強調された前記袖板で左右から挾むことによりさらに重厚な印象を観者に与えるものである。

一方、本願意匠は、側板の下部約4分の1と裾板とにより形成した台箱の上に、天板と側板の上部約4分の3とをいわゆるVカツト工法により1枚の板を折曲して形成するという、電子オルガンの分野においては新規な工法により側面を形成するとともに、正面にサランネツトを取付けて成る上箱を載置した形状をなす電子オルガンに係る意匠であり、したがつて、左右両側板の下から約4分の1の高さにある仕切線と、その仕切線と同じ高さにあるサランネツトと裾板との境界線とが相まつて、2個の箱を単に積み重ねて構成したものであるとの感じがし、観者に、本願意匠はシンプルで軽快な感じのする電子オルガンであるとの印象を与えると同時に、サランネツトはその縦幅が狭く且つ横幅が左右両側板まで一杯に延びているとともに、裾板もサランネツトの縦幅の2分の1強と、十分な縦幅を有しており、さらに天板も左右両側面まで一杯に延びていることから、横に広がつた感じがし、本願意匠は軽快な印象を観者に与えるものである。

以上の相違点から、引用意匠の電子オルガンからは重厚で味わいの深い音が出てくる感じがするのに対して、本願意匠の電子オルガンからは軽快でしかも左右へ広がつた音が出てくる感じがする。

原審決が、本願意匠と引用意匠とにおいて基本的と認定している構成は、実は引用意匠の出願前から存在していた電子オルガンに広く見受けられる一般的な構成に過ぎず、このような構成自体は何ら特徴的なものではない。したがつて、そのような構成と形態とがこの種物品間での意匠の類否判断の主要部となつている旨の審決の判断は誤りであり、引用意匠と本願意匠との類否を左右する主要部は、原告が先に述べたような両意匠の基本的構成と形態とにあるといわなければならない。

(2)  本願意匠と引用意匠との差異の詳細は次のとおりである。

(1) 側面形状について

引用意匠は、側板を暗調子の矩形の1枚の板で形成するとともに、下部を曲線で膨らませた脚部を有する袖板を設け、その袖板の正面側稜線に光沢のある白色のアルミサツシを取付けることにより縦に流れる線を強調しており、したがつて背が高くてスマートな感じを出している。

一方、本願意匠は、側板をその高さの比が約1対3の2枚の板で形成することにより、側板の上から約4分の3のところに明確な仕切線を有するとともに、その側板の最下端部に棒状の長い脚台を有し、しかも、それらがほとんど直線で構成されていることから、シンプルな感じを与える。

(2) 正面形状について

引用意匠は、そのサランネツトの横幅が左右袖板の板厚分だけ狭くなつているとともに、縦幅が手鍵盤部の下端からエクスプレツシヨンペダル窓の2分の1の高さまで延びており、また、そのサランネツトの裾板との境界線はエクスプレツシヨンペダル窓で2分され、さらに、そのエクスプレツシヨンペダル窓のサランネツトと接している上部2分の1は明調子の枠で縁どられ、また、全体が暗調子にまとめられている中において光沢のある白色のアルミサツシが左右各2本ずつ縦に配置されており、これらが前述のサランネツトと裾板との境界線である横線を一層目立たないものとしている。

したがつて、引用意匠は、横幅はやや狭いが、面積が大きいため重厚な感じを出しているサランネツトの上に手鍵盤部が載置され、それらが側板、親板及び袖板で左右から挾持された形状をし、その結果、重厚さを保持し、しかも、一体感を強調して落着きのある印象を観者に与えるものである。この印象は、引用意匠の上段手鍵盤が3オクターブで下段手鍵盤が2オクターブ半と鍵盤が少ないため、暗調子の手鍵盤部にあつて明調子の手鍵盤の左右への広がりが狭いことにより、さらに強調されている。

一方、本願意匠は、エクスプレツシヨンペダル窓の上端部においてサランネツトとレザー模様の裾板とを1本の直線で明確に仕切り、しかも、この境界線は前述の側板の仕切線と同じ高さにあるため、境界線と仕切線とにより上下にはつきりと2分されており、また、サランネツトは、その縦幅が手鍵盤部の下端からエクスプレツシヨンペダル窓の上端までと狭いのに対して、横幅は左右両側板まで延びており、しかも、裾板はサランネツトの縦幅の2分の1強と十分な縦幅を有することにより、正面形状におけるウエイトを増し、さらに、天板も前記Vカツト工法により左右両側面まで一杯に延びていることから、シンプルで且つ横に広がつた感じがし、したがつて、本願意匠は、軽快な引象を観者に与えるものである。この感じは、本願意匠の上下段手鍵盤がともに3オクターブ半と鍵数が多いため、その手鍵盤部における左右への広がりが広いことにより、さらに強調されている。

(3) 平面形状について

引用意匠は、暗調子の上面部において、鍵数の少ない明調子の手鍵盤と、同じく明調子で且つ天板に接する部分にも折曲して平行に延びている譜面立が配置され、また、手鍵盤のまわりに暗調子のスペースが十分にとられているため余裕があり、落着きのある手鍵盤部である印象が強調されている。

一方、本願意匠は、天板と同じ木目模様の譜面立を有するため、その譜面立が天板の中に埋もれ、この譜面立はあまり強調されておらず、また、天板が左右両側面まで一杯に延びていること及び手鍵盤の鍵数が多いことから、正面形状と同様に横への広がりが強調されているとともに、手鍵盤部において手鍵盤の占める割合が引用意匠のそれに比べて大きいため、機能的でメカニツクな印象を与え、幅広い演奏が自由にできるという感じを出している。

なお、本願意匠は、引用意匠と異なり鍵盤蓋を有するものであり、その蓋の案内板が左右両親板の内側に取付けられているとともに、蓋の光沢のある白色の端部が天板と手鍵盤部との間に現われている。引用意匠は、電子オルガンの不使用時にも電子オルガンであることを誇示しようとするものであり、これは特徴的な袖板や放音部を構成する大型のサランネツトと共通するものである。一方、本願意匠は、電子オルガンの不使用時には手鍵盤部を蓋で覆つてしまうことにより家具の感じに近づけ、室内における違和感を解消しようとしたものである。なお、被告は、鍵盤における蓋の有無は、本件の場合開蓋時を類否判断の主とし、閉蓋時は従としたもので細部的な相違である、と主張するが、出願に係る意匠はその願書に添付した図面全体から特定すべきものであり、本願意匠の場合にしても、あくまでも閉蓋時も、その意匠が表わされた物品の1つの態様であり、意匠の類否判断の重要な要素の1つと考えなければならない。

(3)  以上に詳述したとおり、引用意匠は、全体として重厚な感じがするものであることから、重厚で味わいの深い音が出てくる感じがし、したがつて、いわば交響曲の演奏にマツチした電子オルガンに係る意匠であるのに対して、本願意匠は、全体として軽快な調子でまとめられており、機能的で且つメカニツクな、いわゆるコンポーネントスタイルの感じがするものであることから、軽快で且つ左右へ広がつた音が出てくる感じがし、したがつて、いわば軽音楽の演奏にマツチした電子オルガンに係る意匠であり、本願意匠と引用意匠とはそのデザインポイントが全く異なり、本願意匠は引用意匠に類似するものではない。

第3被告の答弁

被告指定代理人は、請求の原因に対して次のとおり述べた。

1  原告主張の1及び2の事実は認める。

2  同3は争う。審決の判断は正当であつて、審決に原告主張のような違法はない。

1 第28号事件について

本願第2意匠について意匠法第3条第1項第3号の規定を適用したことに、なんら違法の点はない。

2 第27号事件及び第28号事件について

(1)  原告が、本願意匠及び引用意匠について「基本的」と主張する諸点は、審決が「各部分の具体的な形態においては……」と記載している範ちゆうに、おおむね属するものであつて、基本的な構成及び形態とは認められない。なお、原告が、本願意匠について、「さらに天板も左右両側面まで一杯に延びていることから、横に広がつた感じがし、……軽快な印象を観者に与える。」と主張する点は、微細な点であつて、両意匠の類否判断に影響はない。

(2)  両意匠における鍵盤蓋の有無は、本件の場合、開蓋時を類否判断の主とし、閉蓋時は従としたもので細部的な相違である。

(3)  両意匠を全体として比較するとき、重量感、軽快感の差異を誘発されるまでには至つていない。

(4)  その他、原告が両意匠の差異と主張する諸点は、いずれも特徴のあるものとして目立つものではない。

第4証拠関係

原告訴訟代理人は、甲第1号証ないし第7号証、第8号証の1ないし6、第9号証の1ないし5、第10号証ないし第14号証、第15、第16号証の各1、2、第17号証及び第18、第19号証の各1、2を提出し、乙号各証の成立を認め、被告指定代理人は、乙第1号証ないし第3号証を提出し、甲号各証の成立を認めた。

理由

1  請求の原因事実中、本願意匠について、出願から審決の成立に至るまでの特許庁における手続の経緯及び審決の理由に関する事実は、当事者間に争いがない。

2  そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について考察する。

1 第28号事件について

前掲審決の理由によれば、審決は、本願第2意匠について、引用意匠と互いに類似するとして、意匠法第3条第1項第3号の規定によりその登録要件の存在を否定したものであることが明らかであり、また、成立に争いのない甲第5号証によれば、引用意匠が昭和46年7月5日登録された意匠であつて、その意匠公報が発行されたのは同年9月7日であることが認められる。そして、本願第2意匠が同年8月6日の登録出願に係るものであることは当事者間に争いがなく、引用意匠が掲載された意匠公報は、本願第2意匠の登録出願時にはいまだ発行されていなかつたものである。

ところで、意匠法第3条第1項第1号にいう「公然知られた意匠」とは、同項第2号において第1号とは別に頒布刊行物を規定している趣旨に鑑みると、その意匠が、一般第3者たる不特定人又は多数人にとつて、単に知りうる状態にあるだけでは足りず、字義どおり現実に知られている状態にあることを要するものであり、また、不特定人という以上、その意匠と特殊な関係にある者やごく偶然的な事情を利用した者だけが知つているだけでは、いまだ「公然知られた」状態にあるとはいえず、意匠権の設定登録があつても、それによつて、直ちにその意匠が現実に一般第3者に知られるものではない(東京高等裁判所昭和54年4月23日判決、昭和52年(行ケ)第71号審決取消請求事件参照)。そして、本願第2意匠の登録出願された同年8月6日前において、引用意匠が一般第三者たる不特定人又は多数人によつて現実に知られている状態にあつたことを認めるに足りる証拠はない。

したがつて、引用意匠は、本願第2意匠の登録出願前に公然知られたものとすることはできないから、これと対比して本願第2意匠の登録要件を否定した審決の判断は、原告のその余の取消事由について検討するまでもなく誤りであつて、違法といわなければならない。

2 第27号事件について

(1)  成立に争いのない甲第3号証(本願第1意匠の登録願書及び添付図面代用写真)によれば、本願第1意匠の要旨は、別紙図面代用写真(1)のとおり、

(1) 電子オルガン全体は、横幅と高さ(譜面立てを除く。)の比が約10対7.8であり、両側からみてほぼ(かぎ)形の態様であつて、形の横上方を鍵盤箱、形の縦を機器箱体(キヤビネツト)としており、

(2) 鍵盤箱は、上面を前後にほぼ2分して、前方が2段の雛段形の手鍵盤、後方が天板であり、鍵盤箱の下方前端である口板は、幅広くわずかに下方を後退させた2段状の帯状であり、鍵盤蓋を有し、その蓋の案内板が左右両親板の内側に取付けられているとともに、蓋の光沢のある端部が天板と手鍵盤部との間に現われ、手鍵盤は上下段とも3オクターブ半分の鍵数があり、手鍵盤部における左右への広がりが広く、天板は、厚みの下部ほぼ2分の1を正面よりわずかに後退させてあり、

(3) 天板の中央前端附近には、天板と色調、木目模様を同じくする譜面立てを設け、譜面立ては、横幅が電子オルガン全体横幅のほぼ2分の1であり、高さが横幅のほぼ3分の1強から成り、上端をごくわずかに弓状凸孤とした1枚板であり、

(4) 機器箱体は、下端附近中央の右寄りに長方形(縦長)のエクスプレツシヨンペダル窓を設けて、そのなかにペダルを備え、中央附近から左へと長短ほぼ交互に足鍵盤が数本前方に突出しており、機器箱体の前面は、エクスプレツシヨンペダル窓の上端から上方部分をサランネツトとし、サランネツトの下方部分を裾板とし、サランネツトと裾板とを1本の明調子の直線で仕切り、裾板の高さはサランネツトの高さの2分の1強であり、

(5) 鍵盤箱の後方両側と機器箱体の両側全面を、左右から側板で挾持し、側板は、前端の木口附近が機器箱体よりもごくわずかに突出しており、横幅は上端から下端附近まで同じであり、下方で横に2つに区分され、その上部と下部との高さの比は約3対1であり、この下部の高さは、裾板の高さと一致し、その上部と天板とはVカツト工法による折曲状に形成され、下端附近には角棒状の脚台を設け、脚台の前方は側板の横幅のほぼ3分の2弱突出させており、

(6) 鍵盤箱の前方両側を左右から親板で挾持し、親板は、ほぼ側板の幅ほど前方に突出し、天板の上面よりも親板の上端(面)木口(連結部)を天板の厚みのほぼ2分の1ほど1段低くし、連結部から前方へとごくわずかに下りの傾斜を付け、前端(面)木口は垂直とし、外側面は、側板の厚みのほぼ2分の1内側から設けられている。

ものであることが認められる。

(2) 成立に争いのない甲第5号証(引用意匠の意匠公報)によれば、引用意匠は、別紙図面代用写真(3)のとおり、

(1) 電子オルガン全体は、横幅と高さ(譜面立てを除く。)の比が約10対8.5であり、両側からみてほぼ(かぎ)形の態様であつて、形の横上方を鍵盤箱、形の縦を機器箱体(キヤビネツト)としており、

(2) 鍵盤箱は、上面を前後にほぼ2分して、前方が2段の雛段形の手鍵盤、後方が天板であり、鍵盤箱の下方前端である口板は、幅広い帯状であり、鍵盤蓋がなく、手鍵盤は上段が3オクターブ分、下段が2オクターブ半分の鍵盤があり、手鍵盤における左右への広がりが狭く、天板は正面がわずかな後退傾斜となつており、

(3) 天板の中央前端附近には、天板に比し明調子で且つ天板に接する部分にも折曲して平行に延びている譜面立てを設け、譜面立ては、横幅が電子オルガン全体横幅のほぼ2分の1であり、高さが横幅のほぼ3分の1から成り、上端がほぼ直線の1枚板(前記折曲部分を除く。)であり、

(4) 機器箱体は、下端附近中央の右寄りに長方形(縦長)のエクスプレツシヨンペダル窓を設けて、そのなかにペダルを備え、中央附近から左へと長短ほぼ交互に足鍵盤が数本前方に突出しており、機器箱体の前面は、エクスプレツシヨンペダル窓のほぼ2分の1の高さから上方部分をサランネツトとし、サランネツトの下方部分を裾板とし、サランネツトと裾板との境界線はエクスプレツシヨンペダル窓で2分され、裾板の高さはサランネツトの高さのほぼ3分の1であり、エクスプレツシヨンペダル窓のサランネツトと接している上半部はわずかに明調子の枠で縁どられており、

(5) 鍵盤箱の後方両側と機器箱体の両側全面を、左右から側板で挾持し、側板は、外側板と内側の袖板とから成り、外側板は、前端木口が機器箱体の正面とほぼ同じ面にあり、横幅は上から下まで同じであつて、上端において天板を左右から挾持する態様であり、袖板は、鍵盤箱の下端から外側板の内側に添つて重なり、その前端木口は外側板(したがつて機器箱体)よりもごくわずかに突出し、下端附近まで垂直で下端附近から前方へ凸孤状に外側板の横幅の2分の1弱突出して脚台となり、前端木口の左右両角部分は、上端から下端まで金属色に縁どられており、

(6) 鍵盤箱の前方両側を左右から親板で挾持し、親板は、ほぼ外側板の幅ほど前方に突出し、外側板の上端(面)木口よりも親板の上端(面)木口(連結部)を天板の厚み分、1段低くし、連結部分から前方へとごくわずかに下りの傾斜を付け、前端(面)木口は垂直として外側板の内側から前方に突出して設けられている。

ものであることが認められる。

(3) そこで、本願第1意匠と引用意匠とを対比すると、両意匠について次の共通点を挙げることができる。

(イ)  電子オルガン全体は、両側からみてほぼ(かぎ)形の態様であつて、形の横上方を鍵盤箱、形の縦を機器箱体(キヤビネツト)としている。

(ロ)  鍵盤箱は、上面を前後にほぼ2分して、前方が2段の雛段形の手鍵盤、後方が天板である。

(ハ)  天板の中央前端附近には譜面立てを設け、譜面立ては、横幅が電子オルガン全体横幅のほぼ2分の1であり、高さが横幅のほぼ3分の1から成る1枚板(引用意匠については、前記折曲部分を除く。)である。

(ニ)  機器箱体は、下端附近中央の右寄りに長方形(縦長)のエクスプレツシヨンペダル窓を設けて、そのなかにペダルを備え、中央附近から左へと長短ほぼ交互に足鍵盤が数本前方に突出しており、機器箱体の前面は上方部分をサランネツトとし、下方部分を裾板としている。

(ホ)  鍵盤箱の後方両側と機器箱体の両側全面を、左右から側板で挾持し、側板(引用意匠においては側板のうち外側板)の横幅が上から下まで(本願第1意匠においては上から下方脚台に接する部分まで)同じである。

(ヘ)  鍵盤箱の前方両側を左右から親板で挾持し、親板は、ほぼ側板(引用意匠においては側板のうち外側板)の幅ほど前方に突出し、天板(引用意匠においては側板のうち外側板)と親板との連結部から前方へとごくわずかに下りの傾斜を付け、前端(面)木口を垂直としている。

そして、両意匠について次の相違点を挙げることができる。

(ト)  電子オルガン全体の横幅と高さ(譜面立てを除く。)の比は、本願第1意匠においては約10対7.8であるのに対し、引用意匠においては約10対8.5である。

(チ)  鍵盤箱の下方前端である口板は、本願第1意匠においては幅広くわずかに下方を後退させた2段状の帯状であるのに対し、引用意匠においては幅広い平らな帯状であり、また、本願第1意匠は、鍵盤蓋を有し、その蓋の案内板が左右両親板の内側に取付けられているとともに、蓋の光沢のある端部が天板と手鍵盤部との間に現われるのに対し、引用意匠には鍵盤蓋がなく、また、手鍵盤は、本願第1意匠においては、上下段とも3オクターブ半分と鍵数が多く、手鍵盤部における左右への広がりが広いのに対し、引用意匠においては、上段が3オクターブ分、下段が2オクターブ半分と鍵数が少なく、手鍵盤部における左右への広がりがその差に応じて狭く、さらに、天板は、本願第1意匠においては厚みの下部ほぼ2分の1が正面よりわずかに後退させてあるのに対し、引用意匠においては正面がわずかな後退傾斜となつている。

(リ)  譜面立ては、本願第1意匠においては、天板と同じ色調、木目模様であつて、上端をごくわずかに弓状突孤とし、折曲部分がないのに対し、引用意匠においては、天板に比し明調子であり、上端がほぼ直線であつて、折曲部分を有する。

(ヌ)  機器箱体の前面中、サランネツトの占める範囲は、本願第1意匠においてはエクスプレツシヨンペダル窓の上端から上方部分であるのに対し、引用意匠においてはエクスプレツシヨンペダル窓のほぼ2分の1の高さから上方部分であり、サランネツトと裾板との境界は、本願第1意匠においては1本の明調子の直線で仕切られているのに対し、引用意匠においてはその境界線がエクスプレツシヨンペダル窓で区切られており、裾板の高さは、本願第1意匠においてはサランネツトの高さの2分の1強であるのに対し、引用意匠においてはサランネツトのほぼ3分の1であり、また、引用意匠においては、エクスプレツシヨンペダル窓のサランネツトと接している上半部がわずかに明調子の枠で縁どられているに対し、本願第1意匠にはこのようなものはない。

(ル)  側板は、本願第1意匠においては1枚板から成り、その前端木口附近が機器箱体よりもごくわずかに突出しているのに対し、引用意匠においては、外側板と袖板とから成り、袖板は鍵盤箱の下端から外側板の内側に添つて重なり、外側板の前端木口は機器箱体の正面とほぼ同じ面にあつて、袖板の前端木口が機器箱体よりもごくわずかに突出しており、また、本願第1意匠においては、側板が下方で横に2つに区分され、その上部と下部との高さの比が約3対1であり、この下部の高さが裾板の高さと一致しているのに対し、引用意匠にはこのような区分はなく、また、本願第1意匠においては、側板の上部と天板とがVカツト工法による折曲状に形成されているのに対し、引用意匠においては、側板の上端において天板を左右から挾持する態様であり、また、本願第1意匠においては、側板の下端附近に角棒状の脚台を設け、脚台の前方が側板の横幅のほぼ3分の2弱突出させてあるのに対し、引用意匠においては、袖板が下端附近まで垂直で下端附近から前方へ凸孤状に外側板の横幅の2分の1弱前方に突出して脚台となつており、さらに、引用意匠においては袖板の前端木口の両角部分が上端から下端まで金属色に縁どられているのに対し、本願第1意匠にはそのような縁どりがない。

(ヲ)  本願第1意匠においては、天板の上面より親板の上端(面)木口(連結部)を天板の厚みのほぼ2分の1ほど1段低くしているのに対し、引用意匠においては、外側板の上端(面)木口よりも親板の上端(面)木口(連結部)を天板の厚み分、1段低くしており、親板の外側面は、本願第1意匠においては、側板の厚みのほぼ2分の1内側から設けられているのに対し、引用意匠においては、外側板の内側から前方に突出して設けられている。

(4) 以上の共通点、相違点を総合し、本件に顕われた周辺意匠に関する各証拠を子細に対比考量しつつ、両意匠を全体的に観察するときは、相違点よりも共通点が強く観者の視覚に訴え、観者に類似の感を与えるに至つているものといわなければならない。前記相違点(ト)の電子オルガン全体の縦横の比率の差異、相違点(ヌ)におけるサランネツトと裾板との面積の比率及び両者の境界の態様の差異、並びに相違点(ル)における側板の区分線の有無、袖板の有無及び側板における金属色の縁どりの有無等とても、原告が主張するほど軽快感(本願第1意匠)と重厚感(引用意匠)の顕著な差異を観者に印象づけるものとは考えられず、また、相違点(チ)における鍵盤蓋の有無も、本体のように電子オルガンの意匠に係る場合、観者の関心は開蓋時が主となり閉蓋時は従とならざるをえないことなどを考えれば、結局、これも細部的な差異であり、両意匠の類否判断を左右するに足りるものではなく、他に前記類否判断を左右するに足りる資料もない。

(5) したがつて、両意匠は全体として互いに類似するものであり、これと同趣旨に出た審決の判断は結局正当であつて、審決に原告主張のような違法はない。

3  よつて、原告の本訴請求のうち、第28号事件の審決の違法を理由にその取消を求める部分を正当として認容し、その余の第27号事件の審決の違法を理由にその取消を求める部分は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第7条及び民事訴訟法第92条本文、第89条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(荒木秀一 石井敬二郎 橋本攻は転補につき署名押印することができない。)

<以下省略>

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